意識から生まれる無意識の「カラーバス効果」を意識する回

この考えは己から生まれたものか? 雑記

こんにちは、サンプルりか子です。

ある一つのことを意識することで、
それに関する情報が無意識に
自分の手元にたくさん集まるようになる現象のことを
「カラーバス効果」といいます。

今、それが起きてます、私の身に。

3か月前くらいから、私はどういった観念を信じているのか、
ということを考え出しました。
A4コピー用紙一枚取り出して、そこに
「自分が信じ込んでいるもの」というタイトルで何か書いてみようと思いました。
しかしながら、
「お!これや!これをどうにかしたら私の意識かわるで!」
といったものは出てきませんでした。

何故こんなことをしたかと言うと、
自分がしたいことをする、をしていく際に、
思い込みがそれを邪魔している場合があるからです。
というか、うまく行かないのはそれがあるからだと言っても
過言ではないと思います。

私は無意識に「世間が望むもの」を自身の判断基準にしている場合があります。
たまたまその選択が自分が望むものと一致していたなら構わないのですが、
そうでない場合は、必ずあとで違和感を感じたり、
何らかの形で綻びがでてくるものです。

実は「そんなこと望んじゃだめだ」という思い込みが巣食っており、
その結果ネガティブな選択をしていることも往々にしてあるんです。

例えば、「お金持ちになるなんて望んじゃ駄目だ!もっと清らかに生きなきゃ」
とか、「幸せになりたいとか…いいですよそんな…」と、
誰に発表するわけでもないのにモノローグの段階で変な遠慮をして、
それが選択・決断にまで影響を及ぼしてしまう。
意外と結構あります。
まずそういう脊髄反射的にしてしまう自分の人生に対しての「遠慮」が
働くことがある、という事実を知るだけでも考え方が変わります。

始めは書き出しても「それがどうした」くらいだったのですが、
書き出したり一度でもじっくり向き合うと、
何かもっとできないものかと感じ、次第に意識するようになります。
やがて冒頭のカラーバス効果が出てくるわけですね。

私は現在、「一般通念」や「社会の常識」に関する情報にアンテナがはっています。
自分がどういう思い込み=信念を持っているかを知りたい、という思いから、
→その思い込みは何か、何処から来ているか→
つまり、「一般通念」や「社会の常識」というものが染み付いている、
という考えに至りました。

先日から読んでいる『「愛」するための哲学』という本、
帯に記載の、

愛するとはどういうことか?
愛することの意味は?
愛することでどう変わるのか?

あなたはまだ、
本当の愛について
何も知らない?!

白鳥春彦著,『「愛」するための哲学』(河出書房新社、2021年) 帯より

という文言を読み、「うん、知らない」と思って書店で衝動買いしました。
私は以前、知人に「自分を愛してね」と言われて、
でも実際どうしたらいいかわからずこれについても何かヒントがないか
と探していたところだったので、買って読んでみました。

すると、当然「愛する」ことについての内容ではあるのですが、
「一般通念」についても言及していて、とても刺激を受けています。
ああ、これがカラーバス効果というやつか、と実感しています。
同時に確証バイアスなるものも働いてるかも知れませんが、
そんなこと気にしてたら死んでしまいそうだよ知らん知らん。

で、このカラーバス効果ですが、

ある一つのことを意識することで、
それに関する情報が無意識に
自分の手元にたくさん集まるようになる現象のこと

この「情報が無意識に」というところが
良くも悪くも特徴的だなと思います。

「自分がしたいこと」を邪魔している常識に脳内が支配されているのなら、
私の無意識の行動はすべて常識の配下であると言えるのでは?
まぁ実際は我慢できなくて爆発して「あんたの家にマナー本はあんのか」聞かれたり
友人に変人と言われたり職場でも宇宙人といわれるのですが、私の場合は。

つまり、私は無意識に常識的な情報ばかりを集めていたとも言えます。
実際そうでしたしね。
無意識で、無自覚に集めていたから厄介です。
ですからまずは、

「この思考は己から生まれたものか?一般常識か?」

と自分に問うてみるのが良いと思います。
ちょっと面倒くさいかも知れませんが、
いちいちやっていかないといけないくらい、思い込みって
存在すら知られずに自身の言動の土台になってしまっていますから。

意図しない思い込みが見つかっても、悲観しないで下さい。
見つけられる方が難しいことだから、喜ばしいことです。
私は最近、自分の思い込みを見つけたら嬉しくなります。
だからご褒美に外食に行って、ってまぁいいか。

あまり「こうすべきだ!」とか「こうしてください!」
などというのは書きたくないですが、
一般常識とか世間の言いなりにならないでください。と言いたい。
自分にもよく言って聞かせています。
もういいんだよと。

世間一般の奴隷としてあくせく生きて、
一体ぼかぁ何のために生きてきたんだ?
ってふとした時私は虚しくなったことが多々ありました。
なので、もっと楽しく自由に生きてもいいと思います。


では、また。

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