とにかくやってみる。

きっかけはなんとなく 雑記

こんにちは、サンプルりか子です。

ご無沙汰しております。

ちょっとバタバタしていたこともあり、
約1か月ほど間が空いてしまいました。

はじめた当初のほうが精神的に大変な時期ではあったのですが、

「ブログを毎日欠かさず書くんだ!」

という目標をたて、
何の迷いなく猛進しておりました。

スタートして1か月ほどすぎると
心配事も徐々に少なくなっていったのですが、
これまでの疲れがどっと押し寄せて、
何もできなくなってしまいました。

気力がなくなったのです。

私はこれほどまでに疲弊していたのか、と、
このとき初めて気が付きました。


何事にも目標を立てたほうがいい。

確かにそうだと思います。
英語の勉強を継続するにしても、
ただひたすら単語を覚えたりしているだけでは、
きっとあるところで、またはすぐに、

「私は何のために毎日一生懸命単語を覚えようとしているんだ?」

と思うのではないでしょうか。

単語を覚えようと決めた当初、
きっと目的や目標があったはずです。
言葉にできなかっただけできっとあったはずです。

「みんなやってるから」とか、
「することがないから」という気持ちで始めた場合、
長続きするのは難しいのではないかと思います。

モチベーションを維持するためにも、
やはり目標は大事。

「こうなりたい」

という目標地点があると、
それが目印となり、
ゴールに向かってまっすぐ歩んでいけるのです。


…以上が、私が考える「一般論」です。
(あくまで私から見ての一般論。)

で、これから私の考えを書いていきます。

目標や目的は大事。

ただ、私は必ずしも目標や目的を明確にしないと続けられないとか
手を付けないほうがいいかというと、
そうじゃないと考えています。

先ほど英語の勉強の例で出した、

「みんなやってるから」とか、
「することがないから」という気持ちで始めた場合、
長続きするのは難しいのではないかと思います。

という部分。
大した理由じゃなくても、
「なんとなく」ではじめてみて、
続くことだってあります。

むしろは私は「なんとなく」推進派です。
自分の感覚を信じているから。
特に、

「なんか面白そう」

なんて感覚は、信じたほうがいいと思います。


「まず目標や目的を立てなくてはいけない」

そう思ってはいないでしょうか。
私は思っていました。

ですが、割と完璧主義で真面目な私のような人は、
それが呪縛となって、
はじめの一歩が踏み出しづらくなっていることが往々にしてあります。

何かをスタートするハードルを高く感じてしまうのです。

「いやなんか面白そうやからやってみたかってんけど、
それじゃあかんのかな…」

そんな感じで二の足踏んでしまうのです。
やろうかやらまいか、できるかできないか、
やる前にいろいろと考えてしまうのです。


数か月前のこと。
突然私は「シタールを習いたい」と友人に話しました。
「シタールか、いいね」とまず返事をくれたのですが、

「ギターもやったこと無いんでしょ?
音の感覚(専門用語でわからなかった)は持ってるの?」

と言われました。
絶対音感のことでしょうか。
よくわからないけど持っていないがピアノは習っていたと答えました。

すると数日後、
「お母さんにきいたけど、やっぱりそれ(音の感覚)がないと難しい。
ウクレレをはじめたら?」

といったアドバイスをくれました。
友人のお母さんは音楽の先生だそうで、
どうすればいいか聞いてくれたそうです。

私はそれに「ありがとう!」と返し、
日本の伝統芸能のとある弦楽器を本格的にはじめました。
友人には言っていません。

なぜシタールがしたいのに、ウクレレを始めなければならないのか?
私には、その理屈を理解できても納得はできませんでした。
(インドへ3か月ほど習いに行こうと調べてはいましたが、
結局シタールから別の弦楽器に変更しました。)


やってみないとわからないのです。

他人がどうこう言ったとしても、
巷での評価が辛口だったとしても、
自分自身と全く同じ人なんていないから、
自分がやってみないとわからないのです。

やってみて、合わないと思ったら休んだり、離れたらいいのです。
死にはしないから。

むしろ経験が増えるだけです。
良いことです。

うまくできることだけに価値があるわけではありません。
むしろ、「できない」を知ることで、
上手くなろうとする過程を楽しめたり、
「できる」を効率的に発見できるようになったりもします。

「なんとなく」で始めていくうちに、

「もっとこうなりたい」

「ゆくゆくはああなってこうなって…」

と目標が出てくることもあります。
本当に人それぞれです。

要は、

やってみないと始まらない!

です。


また、なにかを続けるには目標の他に計画を立てたほうがいい
ということもよく耳にします。

仕事をしていると計画立てますよね。
会社やチームで事業を進めていると自分の都合ばかりでは働けません。
(当たり前ですが。)
クライアントと打ち合わせしたり納期に間に合わせたり、
計画を立てないといけません。
(当たり前ですが。)

私も仕事をする際、計画を立てます。
もしかしたら他の人より綿密に立てる方かもしれません。

ただし、他者が絡んだ場合のみ。

そう、私は単独で物事をすすめるとき、
計画を立ててそのとおりに物事をすすめるのが苦手です。


例えば勉強。

いままで色々な勉強法をブログやYouTubeなどで学んできました。

多くの勉強法で言われているのが、

「目標・目的を明確にし、計画を立てる」

なのです。

苦手です。

結論、その通りにやらなくていいです。
計画、ざっくりでいいです。
※人によります。

大事なのは、目標・目的に向かうこと、近づいていくこと。
それができればいいのです。
と思っています。

私の場合ですが、
細かな計画を立てると初日は興奮しているのでその勢いだけで勉強にも励めます。

しかし2日目。
不思議ですね。
どっかいってるのです、やる気が。
たぶん地球上には存在していない。
というか、

「えー、1時間単語帳2章まで終わらしてその後1時間文法やって、次の2時間は…」

と決められていると、もう、嫌になっちゃうのです。

自分で勝手に決めたことなのに、
プレッシャーを感じ、
それに勝手に追い詰められ、
勝手に嫌になる。

だから私はほぼ計画を立てないことにしました。

計画がない分気をつけたいのが、

「まず取り掛かること」

です。

英語の勉強だと、1日ブランクが有ると空いた分を取り戻すのに倍、
それ以上の勉強時間が必要です。
そのうえ、「やらない自分」に慣れてしまうのです。

「あー今日もまた単語かぁ」

そんなやる気のない気分のときでも、まずはじめられるように、
1日のハードルを下げることにしました。

極端な話、単語帳を開くことが最大のノルマなのです。
開いてしまえば目が単語に吸い寄せられ、
いつの間にかページを捲っていくのですが、
それまでが億劫になってしまうのですよね。

単語帳を開いてからのハードルも下げています。

例えば単語は10個覚えればいい、とか。
15個覚えたら儲けもん!くらいに構えておくのです。

もしこれが「毎日単語帳1周!」と設定したならば、
単語帳を開くことさえできなくなってしまう恐れがあります。

「まず取り掛かること」

にフォーカスすることで、自然と継続し、
勉強を習慣化させようとしているところです。




さて、当ブログですが。

燃え尽き症候群のようにピタリと書けなくなってしまったのですが、
今、こうしてまた再開することができました。

ブログもハードルを下げて、
書けるときに書きたいことを書こう、
そういうスタイルで続けていこうと思います。

そういう次第なので、
ゆるゆるとお付き合いいただけると幸いです。

みなさんも「やりたい!」気持ちを大切に、
興味を育てていってください。

生きいる間に、
大いにやってみたいことにトライしていってください。

私はそんな感じで生きていきます。


では、また。



コメント

タイトルとURLをコピーしました